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英語という言語の長所短所。日本語の長所短所。二元論思想と多元論思想

2012年11月26日
■曖昧さを許さない言語はビジネスでは便利

 日本人が仕事や生活で英語を使っていると、メリットやディメリットを、それぞれ如実に実感する。

 メリットは、言葉の定義や意味合いがはっきりしていること。曖昧さを許さないのが西洋の思想なので、自ずと英語にも曖昧さが排除される。だから、ディベートのときや、交渉事のときには、英語を使って話した方が誤解が少なくなり、後で「そう言ったじゃないか」、「いや、そんなこと言わなかった」という言った言わないのゴタゴタになりにくい。

 契約書も敢えて英語で取り交わした方が、後で揉め事になりにくい。何らかの理由で致し方なく相手と遣り合ってこちらの主張を通さなければならなくなった時に、日本語よりも英語の方が言い易いのも、同様の理由による。

 世界中のビジネスマンが話すという共通語である以上に、英語という厳密さを備えた言語はビジネスには便利な言語である。
 
■英語には批判を意味する単語が多い

 ディメリットは、そのコインの表側の反対の裏側になる。例えばアメリカのテレビドラマを観ていて英語の会話を聞いていると、「なぜそんなに必死になって主張したり、相手を批判したり、相手を遣り込めようとしたりするのだろう?」、と日本人である私には感じられてしまう。

 たぶん欧米人にとってはこれがごく普通の会話なのだろうが、やんわりした表現を好む日本人にとっては、英語は「キツく」感じられ、私から見るとまるで「侃々諤々の大騒ぎしている」ように見える(笑)。

 また、英語には「交換条件」というのがとても多い。「私がこれをするから、代わりに貴方がそれをやってくれよ」とか、「私がこれをやっているのに、貴方はそれをやっておらず、怠慢で義務違反だ」というような会話が、バンバン出てくる。それもこれも、二元論的世界の契約思想の為せるものなのだろう。

 英語には相手を批判する、反論する、罵倒する、激怒する、イライラさせられる、ムカムカする、というたぐいの単語が異常に多い。批判や嫌悪や対立の意味を示す単語は、criticizeやdislikeから始まって、hate、attack、bash、reproach、scorn、disdain、contempt、disgust、go mad、angry、blame、responsible、accuse、condemn、charge、betray、treachery、threaten、defeat、surrender、conquer、talk back、guilty、look down on、despise、menace、skeptical、confront、be faced with、at odds with、rebuke、rebuff、give in、yield、submit to、succumb to…、思い付いただけでもこれだけ出てきて、もう切りがない(笑)。

 英語を読んでいて、知らない単語に遭遇し、「この単語はどういう意味だろう?」と辞書で調べてみると、「批判する」「嫌悪する」という意味であると知ることが多い。

 たぶん、欧米人にとっては別にそれは罵倒を意味せず、当然の権利を主張する言葉に過ぎないのだろうが、やはり日本人からすると、「なんでそんなに嫌悪の単語が多いんだ?」、「そこまで言うか!」と感じられる(笑)。

 しかしながら、この英語の論理性と批判精神こそが、かの産業革命や科学技術の進歩を生み、現代工業社会をもたらし、そのお陰で世界中の人々が豊かな現代社会の恩恵に浴していることを忘れてはなるまい。

■繊細な表現をするには英語より日本語

 また、英語では「微妙な表現」「繊細な表現」をするときに苦労する。典型的なのは、「擬態語や擬声語がないこと」、である。

 「雨が降る」というだけでも、霧雨がサラサラ降る、大粒の雨がザアザア降る、どんよりとした雨雲から雨粒がポタポタ落ち始める、梅雨で毎日のように雨がシトシト降る…、と何十種類も言い分けられるのに、英語だとheavy rainか、small rainか、drizzle(小雨)か、stormか(嵐)か、あと数種類のみ。これでは繊細な表現は難しい。

 さめざめと泣く、しんしんと冷える、ガツンと言う、しんみりする、しーんとなる、ざわざわする、などに至っては、英語では表現不能である。泣くは、weep、cry、sobぐらいしか、英語では表現しようがない(困)。「さめざめ泣く」なんてのは、どう表現したら良いのか途方に暮れる(笑)。

 料理の味覚や匂いについては尚更で、taste good、deliciousでは語り尽くせない、味や匂いや舌触りや歯ごたえに至るまで数千種類の味覚表現方法が日本語にある。

 「古池や蛙飛び込む水の音」を英語で表現することは不可能である。A frog jumps into a pond.では詩にも何にもなっていない(笑)。英語圏にも優れた詩文は少なくないが、そもそも価値観が全く異なる。とくに、「静かさ(静謐さ)」「穏やかさ」「柔らかさ」を表現するのが英語では難しい。

 繊細なのは曖昧に通じ、誤解を招くので、曖昧にするのは悪、というのが英語の二元論的思想なので、致し方ないのだが、日本人的には英語での会話では以外と苦労する部分である。

■象形文字と表意文字

 日本語は、中国の漢字に由来している「象形文字」なので、漢字を眼でパッと見るだけで、だいたいその意味を直感できることは多大なるメリットである。一方、英語は象形文字ではなく「表意文字」なので、一見しただけでイメージとして直感しにくい。だから、日本語のレベルと同じ英語レベルを持った人の場合、どちらが速読に有利かというと、圧倒的に日本語である。

 日本語の場合、1ページに30秒もあればだいたいの意味を掴めるが、英語の場合、どんなに速く読もうとしても1ページに1分は掛かってしまう。日本語の100ページは2時間もあれば読めるが、英語の100ページはどうしても4時間掛かってしまう(涙)。これは象形文字と表意文字の差である。

 さらに、日本語の場合は、象形文字の漢字と、表意文字の平仮名の、「漢字仮名交じり文」である。助詞など読み飛ばしても良い文字は平仮名で、重要な意味を含むから読み飛ばしてはいけない文字は漢字で、書かれてくれている。有り難いことだ。

 このため、たぶん漢字で埋め尽くされた中国語と漢字仮名混じり文の日本語と、どちらが速読に有利かというと、日本語である。

 日本語は、恐るべき便利な言語である。

■二元論思想と多元論思想

 事程左様に、曖昧さを極力排除しようとする二元論思想の英語と、曖昧なのが良くて曖昧だからこそ繊細できめ細やかな気持ちの襞を表現できるとする多元論思想の日本語は、それぞれにメリットとディメリットを内包していると痛感する。それぞれが良くもあり悪くもあり、それぞれが便利でもあり不便でもあり、である。

 恐らくその違いは、二元論思想と多元論思想の違いから来るのだと思う。

 白か黒、all or nothing、yesかnoか、全か無か、やるかやらないか、善か悪か、有罪か無罪か、神はいるかいないかの有神論と無神論、神は一人きりで唯一絶対神の一神教、人間対自然の対立構図、人種の坩堝間の統一コミュニケーション手段、義務と対になった権利、といった二元論的思想がキリスト教社会やイスラム教社会の基本である。

 一方、白黒付けない、noは必ずしもnoではない、良くも悪くもない、良いか悪いかだけの問題ではない、やるかやらないかではなく場合によっては様子見が良い、付かず離れずが良い、人間は他の動物と同等に自然の一部、八百万(やおよろず)の神、多神多仏、虫や石ころにさえ神は宿る、仏教と神道とアニミズム(霊魂崇拝)が混在する宗教観、嫌いになったからと言ってすぐに離婚しない、「まあまあ」がいちばん、勝ち負けだけが全てじゃない、負けて勝つ(負けるが勝ち)、気配りや気遣い、空気を読む、謙虚謙譲、あうんの呼吸が可能な単一民族、といった多元論的的思想が日本社会の基本である。

 そういった遥か何千年もの歴史的、文化的、思想的な由来により、英語が形成され、日本語が形成されたのだろう。

 尚、言語の問題に関しては、「プルーストとイカ・読書とはいったい何なのだろう?」の記事を参照されたい。

 多元論と二元論に関しては、「外国と日本をアレンジする妙~連塾・方法日本1・神仏たちの秘密・日本の面影の源流を解く・松岡正剛著」の記事を参照されたい。
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